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うつになったのでニート生活してみる

うつでニート中の27歳男のブログ

個人の努力でどうにか出来ることなんて高が知れてる

その他
 人生において、個人の努力が不要とまでは思わないけれど、大抵のことは運で決まるんじゃないかと思う。
 例えば、生まれた環境とか。
 
 私の場合、生まれたときの環境はそこまで悪くなかったと思うけど、私が小学2年のころにある出来事がきっかけで両親の仲が悪くなり、それは現在進行形で続いている。
 また、学校ではいじめを受けていた。もしかしたら、私自身にいじめを受けやすいような原因があったのかもしれないけれど、だからといっていじめが正当化されるわけじゃないし、個人の努力でいじめをやめさせることが出来たとも思えない。
 こういった環境の要因は、大人になった今では別の環境に移ることもできるだろうけど、子供には難しいことだろう。したがって、幼少期の環境は結局は運で決まると言える。
 幼少期に当たり前に人から愛されて育つことのできた人はいいだろうけど、そうでなかった人はやっぱりコミュニケーション能力に欠けるとか、他人を信頼できない人間になりやすいと思う。
 
 また、大人になってもブラック企業に入ってしまったら、なかなか辞めることは難しいかもしれない。入社してから短期間で退職したことはマイナス評価を受けやすいし、そうなると再就職も難しくなるからだ。
 個人的には、ブラック企業なんてさっさと辞める方が良いと考えているから、入社して短期間で退職することがマイナス評価されることには納得がいかないのだけれど、実際マイナス評価されてしまうことは確かだし、それは個人の努力でどうにかできることではないだろう。
 こういった社会的な要因も、個人の努力ではどうすることもできなくて、結局は運によるものだと思う。
 
 しかし、日本の社会では何でもかんでも個人の努力や性格のせいにされがちな気がする。
 例えば、上で述べた短期間で退職したことがマイナス評価されるのは、根性が無いなどと判断されるからだろう。
 でも、ブラック企業の労働環境を個人の努力でどうにかすることは難しいのだから、それを根性が無いと判断されるのは納得がいかない。むしろ、賢明な判断だと思う。
 
 個人的には、もう少し「個人の努力でどうにか出来ることなんて高が知れてるよね」といった認識が日本の社会に広がれば、少しは生きやすくなるのではないかと思う。