うつになったのでニート生活してみる

うつでニート中の27歳男のブログ

平穏な日々

 ここ数日、気分が安定していて平穏な日々を送れている。
 調子が良いか悪いかで言えば悪いのだけれど、「やや悪い」ぐらいで済んでいる。

 最近、医師と相談しながら薬の量の微調整を繰り返していたのだけれど、ようやく最適解が見つかった感じだ。

 あと、最近は読書が出来るようになったのも大きいと思う。
 うつ病になってから長い間、文章を目で追っていてもなかなか内容が頭に入ってこない感じが続いていたのだけれど、最近になって少しずつ文章が読めるようになってきた。
 うつ病になる前から、私にとって一番心が落ち着くのは本を読んでフィクションの世界に浸っている時間だったから、読書が出来るようになってきたのは大きい。
 ただ、あまり長時間続けて読んでいるとひどく疲れるので、まだ読書の時間は短時間に留めているのだけれど、この調子で少しずつ本を読める時間を延ばしていきたい。

 まだ未来(さき)のことは考えられない状態だけど、とりあえず今はこの平穏な日々を維持していきたいと思っている。

社会生活そのものがストレス

 私は現在ニートで、社会生活から離れた生活をおくっている。
 それで、医者はうつ病の治療目標として「社会生活への復帰」を掲げている。

 まぁ、人は生きていくうえで人と関わることからは逃れられないと思うし、それは至極まっとうな治療目標だとは理解できる。

 ただ、私にとっては社会生活がストレスの原因でしかないのだ。
 もちろん、誰だって社会生活において、つまり人と関わる中で、多かれ少なかれストレスを抱えながら生きているのだと思うけど、一般の人は社会生活の中に喜びや楽しさも感じているのだと思う。
 けど、私にはそういうものが一切ない。社会生活がただただストレスの原因でしかない。

 私が一番心が落ち着くのは、本でも読んでフィクションの世界に入り浸っている時だ。一生、本を読むだけで生きていけたらどんなにいいかと思う。
 だけど、現実にはそうはいかない。生きていくうえで人と関わることは不可欠だ。

 私みたいな人間が生きていくには、あるいは社会生活の中に喜びを見出すには、どうすればいいのだろうか・・・。
 それが今の私の最大の悩みの種だ。

 もし、この問題の解決のヒントになりそうなことがあれば誰か教えてほしい。

誰かのために死にたい

 どうもお久しぶりです。

 最近、生きるのに飽きてきた感じで、ブログを更新する気力も湧かなくて更新を怠っておりました。
 まぁ最初からマイペースで更新するつもりだったのですが、さすがにだいぶ期間が空いてしまいましたね。

 

 で、いきなりタイトルから病んでる感が出ているわけですが…。
 まぁ、冒頭でも述べたように、最近ほんとに生きることに飽きてきたんですよね。
 別に今死んでも自分の人生に悔いはないですし。

 

 ただ、それでも今死なずに生きているのは、たぶん私は誰かのために死にたいからなんじゃないかなぁと最近思うわけです。
 ただ自殺するだけなら簡単(?)ですが、それだと何の意味もありませんし、社会的にも批判されたり、バカだなぁと思われるだけでしょう。

 

 でも、自分が死ぬことが誰かのためになるのなら。
 例えば、車に轢かれそうになった人を庇って死ねたなら。
 あるいは、自殺した後に臓器を必要とする人に移植してくれたなら。

 誰かのために死ねるなら、それはきっと幸せなことだろう。

 …まぁ、自分の死にそれらしい理由を付けたいという自分勝手なわがままでしかないですけど。

 そんなことを考えながら、私は今もしぶとく生き続けております。

惰性で生きている

 最近、少しうつ病の回復の兆しみたいなものが見られてきた。
 
 具体的に言うと、まず希死念慮に捉われることが少なくなってきた。以前は一日中希死念慮に捉われている日が多かったのだけど、最近は希死念慮がまったく生じない日もある。まぁ完全に消えたわけではなくて、ときどき「死にたい」と思うことはあるのだけれど。
 また、睡眠も6時間ぐらいは中途覚醒することなく眠れるようになった。健康なときは7時間半~8時間ぐらいは寝てたので、まだ寝不足気味ではあるけれど。
 
 一方で、意欲が湧かない感じが続いている。何もやる気がしなくて、ボーっとしている間に一日が終わってしまうこともある。
 希死念慮が生じることは少なくなってきたけれど、生きる意欲は湧いてこない。生きることに意味や喜びを見いだせない感じだ。
 「じゃあ何で生きてるの?」と問われれば、答えは「惰性で」だ。積極的に「生きたい」とは思わないけれど、何となく今まで生きてきたから惰性で今も生き続けている。
 
 あと、死ぬのが面倒だというのもある。
 まぁ、ただ死ぬだけならそんなに面倒ではない。ビルから飛び降りるなり、電車の前に突っ込むなりすればいい。別に死に対する恐怖もないし。
 でも、死という「結果」に対する恐怖はなくても、死という結果に至る「過程」において痛みや苦しみが伴うことには恐怖を感じる。だから、死ぬとすれば楽な死に方、つまり痛みや苦しみを伴わない死に方をネットなどで調べたり、必要な道具を買い揃えたりしないといけない。それが面倒なのだ。
 
 そういう意味では、意欲が低いからこそ私は生き延びているのかもしれない。楽な死に方を調べたり、道具を買い揃えたりする意欲すらないから生き延びているのかも。
 そうだとすると、意欲が回復しだしたときに自殺しないよう気をつけた方が良いのかもしれない。
 
 まぁとりあえず、私は今日も惰性で生き延びています。

うつ病ニートの日常

 日によって多少異なるけど、最近の1日の過ごし方は次のような感じだ。
 
  9:30~11:00 起床
 11:00~12:00 朝食兼昼食
 12:00~18:30 海外ドラマをみる
                  or Twitterのタイムラインを眺める
 18:30~19:30 夕食
 19:30~21:30 海外ドラマをみる
             or Twitterのタイムラインを眺める
 21:30~22:30 風呂に入る
 22:30~ 0:00 マンガを読む
             or 何をするでもなくボーっとしている
   0:00~ 2:00 就寝
 
 「寝てる時間長ぇ!」と思った人もいるかもしれないけど、実際は早朝覚醒で一度目が覚めて、その後二度寝しようとするも寝付けずベッドの中でゴロゴロしているだけの時間が長いので、実際に寝ている時間は6時間前後だ。
 あと、最近生活が昼夜逆転しつつある。以前は23:00には寝てたのに。まぁニートなので、何時に寝て何時に起きようが特に問題は無いのだけど、うつ病を治すには生活リズムを守ることが大切だともいう。
 もうちょっと寝る時間を早くした方がいいのかもしれない。